イラスト:新倉サチヨ
ふとした瞬間に、昔すごく好きだった人の面影や言葉が頭をよぎることがありませんか。
胸の内にしまっておいてもいいけれど、その人を美化しすぎたり悲しみが恨みに変わったりすると心が不安定になりかねません。美しくも苦しい強烈な恋の記憶は「博物館」に寄贈してしまいましょう。当館が責任を持ってお預かります。思い出を他人と一緒にしみじみと鑑賞すれば、気持ちが少しは晴れるでしょう。ようこそ、失恋ミュージアムへ。
美術館に1日中いられる僕。明るく楽しいタイプではありません
「マッチングアプリはやめて、いまは結婚相談所に入って婚活をしています。太っている女性だけは好みでないのでお断りしていますが、普通に清潔感があって会話ができそうならば年上でも大丈夫です。僕は年齢が年齢なのでわがままを言える立場ではありません。アプリでは出会いの土俵にすら上がれないと感じたこともあります」
ある飲み会で知り合った会社員の小川洋介さん(43歳)は、ラグビー選手のようなガッチリとした体格の男性だ。短髪にオシャレなメガネ、質のいい丸首の白Tシャツ。ややオーバーなほどの笑顔を絶やさない。ラグビー選手のような精悍な印象を受ける。観光業で富裕層の外国人向けサービスに従事しており、愛想の良さが体に染みついているのかもしれない。
爽やかな風貌で、コミュニケーション能力も高く、ちゃんと働いて稼いでいる43歳の男性。婚活においては売り手市場でいられるはずだ。しかし、洋介さんは謙遜を通り越して、自信のなさすら漂わせる。マッチングアプリで知り合ってデートを重ねても3、4回目で断られることが続いて落ち込んでいるのだ。「自分はくせが強い」「変態ちっくなところがあるから」と洋介さんは厳しめに自己分析する。
「革製品やアートが大好きで、美術館などには1日中いられます。作品によってはいちいと立ち止まって、いろんなことを考えてしまうんです。暗いですよね。明るく楽しいタイプではありません。自分がしゃべっている様子を録音で聞く機会があると、我ながらイライラします」
筆者も毎日のように自分の声を録音で聞いている。インタビューが仕事なので仕方ないのだが、声色だけでなく話し方も好きになれない。「~だと思うのですが」といった前置きを繰り返し、質問の趣旨が明快ではないからだ。多くの人が、洋介さんや筆者と同じような自己評価をしているのだと思う。そして、他者の話し方には好印象を持っていたりする。
言われてみれば、洋介さんは少し変わっている。会話の間に独特の間があり、しかも常に満面の笑顔なので、「何を考えているのだろう」「酔っているのかな」といぶかしく思うこともあった。しかし、会話を続けていると洋介さんは繊細な感覚の持ち主であることがわかる。考えていることを自分の言葉で懸命に表現しようとするために間が生じてしまうのだろう。それを魅力に感じる女性も必ずいるはずだ。
会話が途切れても気まずさは感じない。女性にあんなに素を出せたのは初めてです
芸術家の敦子さん(40歳)もそんな女性の一人だったのかもしれない。地方都市に住み続け、ある芸術分野に打ち込んでいる人だ。
「アプリで知り合ったのが昨年の秋です。率直に言って、ルックスはそんなに可愛くない人です。それでも『いいな』と僕は思いました。会って2回目にHをしてしまい、それが目的だと思われたかと心配していたのですが、交際を続けることができました。僕は東京在住なので遠距離恋愛です。月に2回ぐらいのペースで会っていました」
敦子さんとの時間はひたすらに「居心地が良かった」と洋介さんはしみじみと振り返る。「変態ちっくな」鑑賞をしてしまう美術館でのデートも共有できた。
「彼女は芸術家なので、インスタ映えを狙った写真を撮って満足するような女子とは対極にいます。僕以上に一つの作品をずっと見続けるのです。作品に接した僕が突拍子もないことを思いついて話してもちゃんと聞いてくれました。僕という人間そのものを見てくれたんです」
自分という人間そのものを見て愛してくれる――。人間関係において、このような感覚を得るほど幸福なことは少ない。大げさに言えば、この世に生まれて来たことの意義を発見するような瞬間だ。
明確な言葉で「あなたのここが好き」と言ってもらう必要はない。一緒にいて居心地が良く、平穏な気持ちでいられるだけで、「自分はこのままでいいのだ」と新鮮な安心感を覚えることがある。友情や恋愛の深まりに欠かせない要素と言えるかもしれない。
「彼女とはフィーリングやリズムがぴったり合ったのだと思います。会話が途切れても気まずさは感じませんでした。女性に対してあんなに素を出せたのは初めての経験です」
半年間付き合った後、「一緒に暮らしたい、結婚したい」と洋介さんは強く思った。しかし、敦子さんの答えは「付き合うことはできるけれど結婚はできない」。理由を聞くことはできなかった。
「彼女は感性で生きている人です。なぜ結婚はできないのかを言葉でうまく説明することはできないようでした」
東京でようやく天職を見つけてがんばっている洋介さん。しかし、敦子さんと結婚するためならば転職も辞さなかっただろう。敦子さんはそれを察して身を引いたのかもしれないし、単に敦子さん自身が結婚という制度には縛られたくなかったのかもしれない。いずれにせよ、洋介さんが反省すべき点はない。素晴らしい恋愛は必ずしも結婚にはつながらないのだ。
サービス業なので不定休。だから僕は女性にモテないのでしょうか?
洋介さんは苦労人だ。都内の私立大学を卒業する頃は就職氷河期だった。今ならブラック企業と言われるような不動産会社に就職し、精神的にも肉体的にもキツい経験をした。その後、工場や運送業などの職を転々とする。
現在の仕事に直結しているのは、20代後半でワーキングホリデー制度を利用して海外で働いたことだ。それを機会に英語力を磨き続けた。そして、4年前に観光業に転じ、忍耐力と車の運転能力、そして英語力をフルに活用できる場を見つけた。現在の年収は700万円を超える。
「サービス業なので不定休です。お客様が来日している間は24時間体制で対応できるように心がけています。だから女性にモテないのかな?と思うこともありますが、これこそが僕が求めていた仕事なんです」
インバウンドの波に乗っているだけではない。20代30代では「嫌なことばかりで卑屈にならざるを得なかった」時期もあったと明かす洋介さんにとって、自分のすべてをぶつけるに足る仕事なのだ。その喜びと自信のようなものは洋介さんの体から溢れ出ている。
洋介さんはいま、結婚相談所で婚活を継続中だ。月に1人とはお見合いをすることを自らに課している。
「いま、2度会った女性が1人います。僕はいいなと思っているのですが、3度目ぐらいで断られてしまうのが今までのパターンです。最初から断られるよりも心理的にはこたえます……。でも、まだ結婚をあきらめてはいません」
前を向き続ける洋介さん。マッチングアプリとは違い、結婚相談所は「結婚したい」という気持ちが強い人が集まる場所だ。きっと良縁が見つかるだろう。
余計なお世話をかもしれないが、最後に筆者なりのアドバイスを捧げたい。洋介さんは一人暮らしをしながら外国人相手のサービス業に就いているためか、一般的な会話から遠ざかっているように感じられた。もともと考え過ぎる性質なのに、それを溜め込んでしまうと不明瞭な印象を他人に与えかねない。
そこで、入会している結婚相談所を大いに活用することをお勧めする。具体的には、カウンセリングの時間をできるだけ利用して、自分の辛さや不安などをたくさん聞いてもらうのだ。そして、相手の意見にも耳を傾ける。
相性がいい結婚相談所であれば、その過程で悩みが少し解消され、より前向きな気持ちで他者と向かい合えるようになるものだ。使えるものはすべて使って、焦らずに婚活を続けてほしい。来年あたり、洋介さんは素敵な結婚相手を見つけている気がする。
※登場人物はすべて仮名です。
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大宮冬洋(おおみやとうよう)
1976年埼玉県所沢市生まれ、東京都東村山市育ち。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に入社するがわずか1年で退社。編集プロダクション勤務を経て、2002年よりフリーライター。
2012年、再婚を機に愛知県蒲郡市に移住。自主企画のフリーペーパー『蒲郡偏愛地図』を年1回発行しつつ、8万人の人口が徐々に減っている黄昏の町での生活を満喫中。月に10日間ほどは門前仲町に滞在し、東京原住民カルチャーを体験しつつ取材活動を行っている。読者との交流飲み会「スナック大宮」を、東京・愛知・大阪などで月2回ペースで開催している。
著書に、『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました。』(ぱる出版)、『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せのつかみ方~』(講談社+α新書)などがある。
公式ホームページ
https://omiyatoyo.com
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