顔も性格もアクが強い8歳年下の彼~私がサヨナラを選んだ理由~

イラスト:新倉サチヨ

ふとした瞬間に、昔すごく好きだった人の面影や言葉が頭をよぎることがありませんか。

胸の内にしまっておいてもいいけれど、その人を美化しすぎたり悲しみが恨みに変わったりすると心が不安定になりかねません。美しくも苦しい強烈な恋の記憶は「博物館」に寄贈してしまいましょう。当館が責任を持ってお預かります。思い出を他人と一緒にしみじみと鑑賞すれば、気持ちが少しは晴れるでしょう。ようこそ、失恋ミュージアムへ。

何年かしたら離婚する。そのときキミも独身だったら結婚しよう

愛知県内で働いている山口恵子さん(48歳)はいわゆるシングルマザーだ。といっても、20代半ばで結婚した前夫と離婚したのは30歳のとき。一人娘はすでに成人していて、子育てはほぼ終了。前夫との遠い昔の「失恋」はすでに忘れかけている。

目鼻立ちのはっきりした美人でグラマーな恵子さん。明るく人懐っこい性格もあり、とっくの新しい恋愛を見つけている。そして、いまはその恋が終わったばかり。名古屋駅前の居酒屋で飲み交わしながら、恵子さんの失恋話を聞き取ることにしよう。

「彼と出会ったのは私が離婚した頃でした。職場の後輩で、私より8歳年下です。1年間ぐらい同じ職場で働き、みんなで仲良くなったんです。彼は若くして既婚者だったので2人きりで会うことはありませんでした。でも、『あと何年かして子どもが大きくなったら離婚するつもり。そのとき恵子も独身だったら結婚しよう』なんて言われたんです。もちろん、冗談めかしてですけど」

いきなり脱線するが、「5年後にお互いフリーだったら付き合おう」といった会話は楽しいけれど気をつけたほうがいい。冗談のようでいて好意の告白でもあるので、言われたほうは気持ちがその人に向かってしまいやすいのだ。リスクを負わない分だけズルいアプローチ方法だと言える。好きな人からこうしたアプローチを受けたときは、以下のように切り返したらどうだろうか。

「私はあなたが好きなので今日から付き合いたいです。奥さんには今夜、そのことを話してください。明日になったら私の気持ちはわかりません。他の人のことが好きになっているかも。5年後? お互いに生きているかどうかもわかりませんよね。寝ぼけたこと言わないでください」

色っぽい冗談を言ったつもりの相手としては興ざめかもしれない。でも、恋愛には冗談では済まされないタイミングもある。

職場での不倫。親しい同僚に嘘をつかねばならない苦しさ

恵子さんの話に戻る。8歳年下の徹さんと再会したのは、出会ってから10年以上経ってからのことだった。勤め先が同じなので、歳月が流れてもゆるくつながり得るのだ。

「いろんな飲食店を巡るのが好きな人で、『おいしいと評判のハンバーガーを食べに行こう』と誘われました。当時、私は子どものことで悩んでいて、彼は親身になって聞いてくれたんです。帰りがけにハグしてくれたりして……。それからは週1ペースで会うようになりました」

1か月半後には2人はラブホテルで結ばれる。徹さんはまだ離婚をしていなかったので不倫関係になってしまった。愛知県人が大好きなモーニングへ一緒に行く際も同僚に見つからないようにしなければならない。

「深い話をできていた友だちに、『最近、恋愛はどうなの?』と言われたときにも嘘をつきました。オープンな性格の私は秘密を抱えるのが向いていないのだと思います。とても苦しくてストレスでした」

恵子さんの勤め先はお堅い業種だ。不倫など許されない。十分わかっているはずなのになぜ恵子さんは徹さんを好きになったのだろうか。問いかけると、恵子さんはまだ未練を感じさせる表情で振り返った。

「顔もファッションも性格もアクが強い人でした。眼鏡だけで30本以上持っているそうです。好奇心が旺盛で、何でも楽しくできる人。仕事もがんばっています。口が悪くて威張っているので反感を買うことも多いのですが、面倒見がいいので慕われてもいます。私のことをわかってくれていて甘えさせるのが上手でしたね……」

8歳年下の恋人に甘えられる。子育てしながら働く女性としては理想的な状況かも知れない。

今でも彼が好き。でも、長く付き合うと疲れてしまう

しかし、徹さんのアクの強さは尋常ではなかった。「モラハラ」だと感じることも多かったと恵子さんは付け加える。

「例えば、デートの待ち合わせ場所。お互いの認識のずれでうまく会えなかったりすると、ずっと不機嫌になって因縁をつけてくるんです。私は寝れば忘れる体質なのですが、積み重なって来ると会うたびに嫌な気持ちになりました。ちょっとしたことで怒るのはやめてほしいと彼に頼んでも、『あんなのは怒っているうちに入らない』と言われてしまいます」

そのうちに徹さんは本当に離婚をした。時すでに遅し。言い出してから10年以上が経過していた。恵子さんの気持ちは彼から離れていたのだ。

徹さんはメールで離婚の報告をしてきたが、恵子さんは「私には関係ないよ」と突き放す。返事はしても、また会う約束はしなかった。

「会えば心が揺れ動いて、言葉巧みな彼に丸め込まれてしまうとわかっていたからです。今でも彼のことは好きです。でも、長く付き合うと疲れてしまうこともわかっています。恋愛感情は3年しか続かないと言われるけれど本当ですね。今度付き合う人は男性としてだけではなく人として好きになりたいな。穏やかで、一緒にいても嫌な気持ちにさせられない人がいいです」

5年近くも恵子さんと付き合っていた徹さん。優しい性格の恵子さんを「丸め込む」自信があったのだろう。しばらくはメールを送って来ていた。そのうちに恵子さんは返信をほとんど送らなくなった。

私好みの性質をあなたに強要したくはありません。だから、サヨナラ

最後のやり取りを恵子さんは覚えている。

<美味しい店を見つけた。今度、モーニングに行こう>

と送って来た徹さんに対して、数日置いた上でこう返したのだ。

<二人で会うつもりはないよ。ごめんね>

すると徹さんからはせつなげなメールが送られてきた。

<謝らなくてもいいよ。軽く誘ったオレが悪かった。この日に行くから来れたら来てね、と言えばよかった>

それから恵子さんは徹さんと連絡を取り合っていない。離婚するのが遅すぎたこと、しつこく絡む言動をされたことを恨んでいるわけではない。むしろ、アクの強さを含めて徹さんを愛していたのだ。彼には今後も自由に生きてほしいと思っている。

「別れ話をしていた頃、『これからは言い方にもっと気を付けるよ』と言ってもらったことがあります。でも、人の性質はそんなに変わりませんよね。私好みの性質を彼に強要するのは可愛そうです」

好きだけど、もう一緒にはいられない。私のために彼に変わってほしいとは思わない。どうか伸び伸びと生きて幸せになってほしい――。

徹さんと会わないことに決めたのは、恵子さん自身がより良く生きるためだ。しかし、その決断の片隅には徹さんへの気持ちが込められている。彼はまだ40歳。アクの強い性質はそのままに、他人には優しい大人になれるだろうか。恵子さんからの最後の愛情をきちんと受け取れるか否かにかかっている気がする。

※登場人物はすべて仮名です。

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大宮冬洋(おおみやとうよう)

1976年埼玉県所沢市生まれ、東京都東村山市育ち。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に入社するがわずか1年で退社。編集プロダクション勤務を経て、2002年よりフリーライター。

2012年、再婚を機に愛知県蒲郡市に移住。自主企画のフリーペーパー『蒲郡偏愛地図』を年1回発行しつつ、8万人の人口が徐々に減っている黄昏の町での生活を満喫中。月に10日間ほどは門前仲町に滞在し、東京原住民カルチャーを体験しつつ取材活動を行っている。読者との交流飲み会「スナック大宮」を、東京・愛知・大阪などで月2回ペースで開催している。

著書に、『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました。』(ぱる出版)、『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せのつかみ方~』(講談社+α新書)などがある。

公式ホームページ
https://omiyatoyo.com

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