イラスト:新倉サチヨ
ふとした瞬間に、昔すごく好きだった人の面影や言葉が頭をよぎることがありませんか。
胸の内にしまっておいてもいいけれど、その人を美化しすぎたり悲しみが恨みに変わったりすると心が不安定になりかねません。美しくも苦しい強烈な恋の記憶は「博物館」に寄贈してしまいましょう。当館が責任を持ってお預かります。思い出を他人と一緒にしみじみと鑑賞すれば、気持ちが少しは晴れるでしょう。ようこそ、失恋ミュージアムへ。
人生経験があって話していて面白い女性に甘えてもらいたい
再開発が進む渋谷駅前にそびえる大型商業施設「ヒカリエ」に来ている。平日にもかかわらずレストランフロアは若者でいっぱいだ。カジュアルなイタリアンレストランで待ち合せたのは、大学生の西澤裕太郎さん(仮名、23歳)。わけあって留年をしたが、来年には就職活動を控えているという。
裕太郎さんはいわゆるイケメンだ。身長184センチで体重は67キロ。整った顔立ち。ロゴ入りのポロシャツを自然に着こなしている。仲の良い姉の影響なのか、所作や話し方は極めて女性的だ。学内で大いにモテるのではないだろうか。
「女友だちはいますが、彼女たちはオレを恋愛対象とは見ていません。オレも同じコミュニティで恋愛をしたいとは思いません。よくゲイと間違えられますが、男性と話すのは苦手です……」
将来の夢はラグジュアリーホテルで働くことだという裕太郎さん。美意識が強く、自分を高めてくれるような人やモノに囲まれていたいと思っている。恋愛対象も「人生経験があり、話していて面白い」女性だ。同世代には目が向きにくい。
「年上に甘えたいわけではありません。むしろ、甘えてもらうほうが好きです」
そんな裕太郎さんは最近3年間で2人の女性に恋をした。どちらも30代後半の社会人だ。まずは香水売り場の店員である由香里さん(仮名)との話から。
「よく利用する香水売り場のキレイな店員さんでしたが、彼女のシフトの関係で1年ほど会えない時期がありました。久しぶり会っておしゃべりをして、とても面白かったので、帰り際に『もしよかったらデートしませんか?』とお願いしたんです」
なかなか大胆な学生である。由香里さんからは後日に手紙が届き、「私でよければ」という手書きメモと一緒にLINEのIDが名刺に書かれて入っていた。2016年の冬のことだ。
15歳以上年上の女性との初デートでいきなり愛の告白
初日から告白をするつもりだった裕太郎さん。銀座にある有名レストラン「ビルズ」を予約して、フラワーボックスのプレゼントも用意した。
「会話の中で由香里さんには結婚前提で付き合っている彼氏がいることがわかりました。でも、プレゼントを渡して、想いを伝えました。彼女はとてもびっくりして呆然としてしまって……。それから先は会話が弾まなくなりました」
15歳以上も年上で、しかも婚約者のいる社会人女性に初回のデートで告白。まさに若気の至りである。
しかし、優しい女性であれば、真っ直ぐで情熱的な年下男性を無下に扱うことはない。クリスマスにも会いたいと連絡した裕太郎さんに対して、「1週間前の休日なら空いている」との答え。裕太郎さんは張り切ってお店を予約し、プレゼントを用意した。
「恵比寿のガーデンプレイスにあるオシャレなタイ料理店です。プレゼントは、フランス発のアイテムを詰めてくれる『マイリトルボックス』というサービスを利用しました」
裕太郎さんはプレゼントを渡しながら2度目の告白を試みた。しかし、由香里さんは結婚がしたい。子どもも欲しい。私にどうしろというのか。結婚願望のない学生である裕太郎さんは由香里さんの問いには答えられず、「2人でフランスに行って住もうよ」と逆提案。法律婚にとらわれずに済む愛の国である。困った由香里さんは泣いてしまったという。
「実はね、近いうちに彼氏と結婚することになったの」
若者はそれでもあきらめない。「他にもクリスマスプレゼントを用意しているから」と言葉をつなぎ、クリスマスの2日前に銀座の喫茶店で会うことに成功。「ルワンジュ東京」のケーキを手渡して帰ろうとしたところ、由香里さんが意外な言葉を発した。
「今から、うちに来る?」
もちろん、行かないわけがない。アルコールがあまり飲めないはずの由香里さんはシャンパンも用意してくれていた。
「ケーキを一緒に食べて、キスだけして帰りました。さすがに泊まるわけにはいきません」
年が明け、LINEで「あけましておめでとう」と連絡を取り合っていたところ、由香里さんから真剣な様子のメッセージが来た。
「実はね、近いうちに彼氏と結婚することになったの」
裕太郎さんとしては受け止めるしかない。LINEと電話で祝意を伝え、その後は連絡を控えている。
年末のあの日、由香里さんと一晩を過ごしていたとしても結果は同じだったと思う。由香里さんにとっては、15歳も年下のイケメンから直球で告白されたことは結婚直前の美しい思い出だ。家に招いたことは、一生懸命にアプローチしてくれた裕太郎さんへの感謝と慈しみの意味もあったのだろう。その気持ちを敏感に察知して、キスだけに留めて立ち去った裕太郎さんに筆者は賛辞を贈りたい。
真剣に恋をして、一緒に旅がしたい。ただし、結婚はしたくない
1年後に裕太郎さんの心の傷は癒えた。ただし、年上の女性に心惹かれる傾向は変わらない。「女性は年齢を重ねるほど美しくなると思っている」と言い切る裕太郎さん。フェイスブックを使って「年上好きの男性と年下好きの女性が集まる合コン」に参加した。
「タワーマンションの最上階にあるゲストルームで開催されました。参加者の中でも麻美さん(仮名)は飛び抜けてキレイだったので、帰り際に連絡先を交換して、1週間後に会いました」
麻美さんは都内のアパレルショップで店員をしている。やはり30代後半で、結婚相手を探している。普通は学生とデートしようとは思わないだろう。しかし、裕太郎さんには必要以上に歳の差を感じさせないノウハウがある。
「初対面だと相手が気を遣ってくれて丁寧な言葉遣いをしてくれます。オレのほうから『敬語じゃなくていいですよ』と言って、なんとなくお互いにタメ口にするんです」
裕太郎さんは年上相手に「女遊び」がしたいわけではない。真剣に恋をして、いろんなことを語り合い、一緒に旅をしたいのだ。ただし、結婚には興味がない。
「法律で縛られたくないからです。例えば30歳で結婚をして、80歳までの50年間をずっと一人の女性と一緒にいるなんて幻想に近いと思います」
出会って1週間後に、麻美さんの自宅近くの居酒屋で食事をした。ちょうどバレンタインデーの季節だったが、会計は裕太郎さんからの提案で割り勘。会話はとても楽しく、「何を話したのか覚えていないぐらい」だったと裕太郎さんは振り返る。
「ハイペースだとは思いますが、今回も初デートで告白してしまいました。麻美さんからは『嬉しいけれど、私は結婚がしたい』と言われて、僕は『結婚するまでのつなぎでもいいから付き合ってほしい』と頼んだんです」
真剣かつ粘り腰の裕太郎さんに対して、麻美さんも腹を割って話し始めた。あまり雰囲気の良くない家庭で育ったので、自分は温かい家族を作りたい。できれば子どもも欲しい。
「泣きながら話してくれました。僕は『それならしょうがないね』と彼女の頭を撫でて、逆チョコをあげてバイバイしました」
「応援するよ。これからは2人きりでは会いにくくなるね」
2ヶ月ほど経ち、合コンで知り合った人たちで集まる機会があった。裕太郎さんはその前に2人だけでお茶をすることを麻美さんに提案。一緒にいるとやはり楽しく、想いが募った。その月末は麻美さんの誕生日である。裕太郎さんは得意の銀座「ビルズ」を予約し、麻美さんを祝う準備をした。
「サプライズでお店から花束を渡してもらうことにしました。麻美さんはすごく喜んで泣いていましたね。『今日はオレのことを彼氏と思っていいんだよ』と伝えました」
帰り道に2人はキスをして、「一緒に温泉旅行に行きたいね」という話もできた。裕太郎の期待は高まった。
しかし、わずか1ヶ月後に麻美さんからLINEが来た。「好きな人ができた。まだ付き合ってはいないけれど」というものだ。夜、電話をかけた。
北国出身の裕太郎さんは東京郊外のワンルームマンションで一人暮らしをしている。周囲に高い建物はなく、20階の部屋からは都会の灯りが遠くに見える。それをぼんやりと眺めながら、裕太郎さんは麻美さんと最後の会話をした。
「相手はどんな人?と聞いてしまいました。同じ職場に働く30代前半の男性だそうです。ヒョロッとしているところはオレに似ていて、お互いにアニメ好きなので話が盛り上がったと聞きました。オレだってアニメ好きなのに麻美さんとはアニメ話ができなかったと思ったら涙がこぼれてしまって……」
裕太郎さんはまだ若いのだから麻美さんにすがりついてもいいと思う。しかし、美学を追求する裕太郎さんには女性を困らせるようなことはできなかった。
「応援するからね。これからは2人きりでは会いにくくなるね」
と声をかけて電話を切った。その後で号泣し、ウイスキーのボトルを1晩で空けてしまったという。
1人きり憂さ晴らしの酒を飲んでいると彼女の顔や話し方を思い出す
麻美さんにフラれたのは、このインタビューをした1ヶ月前のことだ。裕太郎さんはまだ失恋の只中にいる。夜、1人で「憂さ晴らし」のお酒を飲んでいると、麻美さんの顔や話し方をいつも思い出す。
「いい人だったな、と思います。そして、一緒にこんなことをしてみたかったと妄想してしまうんです。温泉旅行、したかったな……」
裕太郎さんは単なる「年上好き」ではない。見た目も内面も美しいものを追い求めた結果、販売の現場で懸命に働く30代後半の女性に行きついたのだ。しかも、彼女たちに甘えようとはせず、寄り添って甘えさせようと健気な努力をした。
最も純粋な恋愛は片想いであり、片想いをすると相手に気に入られるために精一杯に背伸びをする。背伸びの過程で、人は優しく頼もしい大人へと成長するのではないだろうか。結果は失恋だったとしても、その過程は決して無駄ではない。
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大宮冬洋(おおみやとうよう)
1976年埼玉県所沢市生まれ、東京都東村山市育ち。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に入社するがわずか1年で退社。編集プロダクション勤務を経て、2002年よりフリーライター。
2012年、再婚を機に愛知県蒲郡市に移住。自主企画のフリーペーパー『蒲郡偏愛地図』を年1回発行しつつ、8万人の人口が徐々に減っている黄昏の町での生活を満喫中。月に10日間ほどは門前仲町に滞在し、東京原住民カルチャーを体験しつつ取材活動を行っている。読者との交流飲み会「スナック大宮」を、東京・愛知・大阪などで月2回ペースで開催している。
著書に、『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました。』(ぱる出版)、『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せのつかみ方~』(講談社+α新書)などがある。
公式ホームページ
https://omiyatoyo.com
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