唯一、心を開くことができた12歳年下の女性〜返ってきたティファニーの指輪と消えない僕の気持ち〜

イラスト:新倉サチヨ

ふとした瞬間に、昔すごく好きだった人の面影や言葉が頭をよぎることがありませんか。

胸の内にしまっておいてもいいけれど、その人を美化しすぎたり悲しみが恨みに変わったりすると心が不安定になりかねません。美しくも苦しい強烈な恋の記憶は「博物館」に寄贈してしまいましょう。当館が責任を持ってお預かります。思い出を他人と一緒にしみじみと鑑賞すれば、気持ちが少しは晴れるでしょう。ようこそ、失恋ミュージアムへ。

恋愛経験がほとんどなかった私。初めて愛した彼女への想いを捨てられない

東京・赤羽の駅前にある老舗の喫茶店に来ている。おにぎりに味噌汁を添えたモーニングメニューある大衆的なお店だ。今回のインタビュー先である西川聡さん(50歳)は先に着いてテーブル席を確保してくれているらしい。どの男性だろう? 半袖の白シャツにオカッパに近いヘアスタイルというやや個性的な男性に声をかけてみた。

「西川さんですか?」

「はい。そうです」

優しげな笑顔で迎えてくれた聡さん。ある公共施設の管理職として働く彼が編集部宛にメールをくれたのは今年4月のことだ。

<普通の家庭に育った私には、彼女は大変問題の多い女性に映りました。(中略)私は、この歳まで恋愛もままならず、今後、どのように彼女に向き合えばよいかわかりません。彼女とは仕事を通じて今後もお付き合いしなければなりません。>

仕事で知り合った小百合さん(38歳)と一時は交際をしたもののすぐに別れを告げられたらしい。聡さんは理由がわからず、いまでも彼女への想いを捨てきれない。

柔和で話しかけやすい雰囲気を漂わせる聡さん。小百合さんの前に、恋愛経験がほとんどないのはなぜなのだろうか。

「職場などでは女性とよく話します。でも、おいしいお店情報など、上っ面の話ばかりです。心の底にあることは話せません」

遠因は少年時代の切ない思い出にある。聡さんが育ったのは「普通の家庭」ではなく、いわゆるお金持ちだった。父親は事業家で、母親も高度な専門職。両親は忙しく働く代わりに、聡さんにはお菓子でもオモチャでも高級なものをふんだんに買い与えていた。

「小さい頃は家に友だちがたくさん来てくれていました。でも、あるときに気づいてしまったんです。彼らは僕ではなく大きな家にある高級なオモチャが目的で集まっているのだと。それからは身内のことを他人に話さない子どもになりました」

初めてのデート。行きの車の中で「お付き合いしませんか?」と告白した

聡さんは大学卒業後にインフラ関連の企業に就職した。10年後、辞令によって現在の業界につながる関連会社に出向。退職した上司に誘われて、今の公共施設に転職したのは8年前だ。

「彼女は地元のコミュニティー誌の記者です。うちの施設によく取材に来てくれているうちにときどき一緒に食事するようになりました。あくまでも仕事上の関係ですけど」

当初、小百合さんは既婚者だった。聡さんは「誘うと必ず来てくれる。こんな自分に好意があるのかな?」と思いながらも距離を保っていた。

5年の歳月が流れ、小百合さんは聡さんに少しずつ身の上話をするようになった。兄が重度障害者で施設に住んでいること、両親は借金を残したまま他界したので財産放棄したこと、夫にも借金があったので離婚せざるを得なかったこと。

「不幸な話ばかりで可哀想だと思いました。離婚して名字が変わったと言って新しい名刺を渡されたときは『もしかして私に気があるのでは?』と感じたのも事実です。両親のお墓を作るためにお金を貯めていると聞いたときは、『それぐらいのお金なら私が出してあげます』と申し出ました。今思えば、あのときに恋が始まっていたのだと思います」

余計なことかもしれないが、聡さんに言いたい。どんなに好きな相手であっても簡単にお金を渡そうとしてはいけない。相手の社会人としてのプライドを傷つけることでもあるし、そのことで自分の気持ちも不安定にしてしまう。他人の悩みや苦労は黙って聞いてあげるだけで十分なのだ。

「彼女からも断られました。お墓のことは自分で何とかしたい、と。資金提供の申し出を断われたことで、誠意のある彼女のことがますます好きになりました」

聡さんと小百合さんはLINEを交換し、仕事からプライベートの関係へと急速に移行した。愛情のこもったメッセージを送る聡さんに対して、小百合さんからは「女性として私を見てくれて嬉しい」といった返信。大いに盛り上がった聡さんはすぐに横浜へのドライブを提案。昨年5月のことだ。そして、行きの車中で「お付き合いしませんか?」と告白したという。早い、早すぎる。

案の定、離婚したばかりの小百合さんの答えは「考えさせてください」だった。女性経験が豊富な男性ならば、ここで「OK。考えてみてね!」と軽く流し、後は行動で少しずつ誠意を見せることだろう。ただし、二度目の告白はできる限り先延ばしにする。相手が「もう一度告白してほしい」と懇願するまでじらす手もある。

そのような余裕はない聡さんは「では、お友だちから始めましょう」と意味不明のことを言ってしまい、小百合さんから「どういう意味ですか?」と不審がられたらしい。

返されてしまったティファニーの指輪。「あなたの気持ちが重たい」

聡さんの勢いは止まらない。「いつになったら答えをくれるのか」と小百合さんに迫り、「6月中にはなんとか」という言質を取る。借金の取り立てのような期限の切り方である。

「ジューンブライドなどと言いますが、6月は何かとおめでたい季節じゃないですか。私もそれにあやかりたいと思いました。でも、彼女は6月半ばを過ぎても返事をくれない。待ち切れなくなってこちらから彼女を食事に誘いました。それでも返事をくれません。私はティファニーの指輪を買ってプレゼントし、『必ずこの日には返事をしてね』と日付を設定し、その日は有名な料亭に連れて行きました。彼女が魚料理好きだと聞いていたからです」

料亭に行ってもせっかくの料理をそっちのけで返事を迫る聡さん。根負けした小百合さんはついに「あなたの彼女になります」と言ってくれた。ただし、難しい条件がついていた。小百合さんは親世代からある新興宗教の信者であり、もし自分と結婚するならば聡さんにも入信してもらわなければ困る、というのだ。通常ならば大いに迷うはずだが、恋愛感情に脳内を支配されていた聡さんは簡単にYES。大丈夫なのか。

「私は無宗教なのでかまいません。その宗教は組織的で、地域の代表者のところ集まってお互いの苦労話などを打ち明け合う座談会と、もっと多くの人が集まって衛星中継で成功者の話を聞く会が月1ペースでありました。どちらも居心地がよく、受け入れられていると感じたので合計で7回ぐらいは参加したと思います」

一方で、小百合さんとの関係はなかなか深まらなかった。手つなぎデートはしているがキスは「ちょっと、まだ」と拒否される。離婚経験者なので慎重になっているのかなと聡さんは自省した。もっと早い段階で自省できていればよかったのだが、時はすでに遅かった。

「ある日、珍しく彼女のほうからLINEがあり、喫茶店に呼ばれました。そして、ティファニーの指輪を返されてしまったんです。彼女はどうやら昔の友だちと会い、私のことを話して考え直したらしいのです。何を言われたのかは知りませんが、一番上り調子のときにスパン!と関係を切られても納得がいきません。家に帰ってから、電話をかけて『さっきのは何なの?』と問い詰めてしまいました」

心の底まで話し合えたのは彼女だけ。友だちでもいいのでつながっていたい

小百合さんの答えは「あなたの気持ちが重たい」。その通りである。聡さんも一応は納得した。ただし、頭の中は小百合さんに占められており、想いを断ち切ることはできなかった。

「8月は彼女の誕生日です。前から約束をしていたので、お台場でデートをした後、銀座でランチをして、洋服も買ってあげました。手もつないだのでいい感じですよね。可能性はあるのかな、と思いました。しかし、後日になって『やっぱり受け取れない』と洋服を返してきたのです。捨てることもできず、今でも私が持っています」

今度は聡さんに同情すべきだろう。「重たい」と言って別れを切り出した小百合さんは、なぜデートに応じたのか。その場で改めてきちんと別れを告げるならば良い。しかし、手もつないで誕生日プレゼントを買わせておいて、後から「やっぱり無理」というのは残酷すぎる。

憤る筆者に対して、聡さんは小百合さんをかばい始めた。彼女は家族関連のストレスによって摂食障害もあり、精神的に不安定になっているというのだ。

「先月、新しい恋人ができたと言われました。でも、私は彼女との関係が終わったとは思っていません。心の底まで話し合えたのは彼女だけだからです。友だちでもいいのでつながっていたい。幸か不幸か、彼女は仕事で私が運営する施設に取材に来てくれます」

現在、聡さんは必要以上にイベントを企画して、小百合さんと会う頻度を増やしている。涙ぐましい努力だが、下手をするとストーカーになってしまう。聡さん、好きな相手を怖がらせたり苦しませることだけはしてはいけない。

今、失恋の生々しい傷口から真っ赤な血が流れ続けているのはわかる。その傷を癒すのに特効薬はない。時間を味方につけるしかないのだ。半年間、じっと我慢をしてみてほしい。気持ちをそらすために、仕事に打ち込むのもいいだろう。傷口にうっすらとかさぶたができて、平常心が戻ってくる。そのときに聡さんは失恋という人間らしい経験を得て、より素敵な大人になっているはずだ。

※登場人物はすべて仮名です。

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大宮冬洋(おおみやとうよう)

1976年埼玉県所沢市生まれ、東京都東村山市育ち。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に入社するがわずか1年で退社。編集プロダクション勤務を経て、2002年よりフリーライター。

2012年、再婚を機に愛知県蒲郡市に移住。自主企画のフリーペーパー『蒲郡偏愛地図』を年1回発行しつつ、8万人の人口が徐々に減っている黄昏の町での生活を満喫中。月に10日間ほどは門前仲町に滞在し、東京原住民カルチャーを体験しつつ取材活動を行っている。読者との交流飲み会「スナック大宮」を、東京・愛知・大阪などで月2回ペースで開催している。

著書に、『私たち「ユニクロ154番店」で働いていました。』(ぱる出版)、『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せのつかみ方~』(講談社+α新書)などがある。

公式ホームページ
https://omiyatoyo.com

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